秋晴れのような真っ青な冬空のもと引渡し式は、午後2時半ごろ始まりました。
前の晩朝方の2時まで、そして、その日も私たちが到着する直前まで、高橋さん、サンチアゴ、フェリックスさんは仕上げ作業にがんばっていましたが、無事に立派なユーヤイワーシ(学び舎)を村の人々に引き渡す事ができました。
外はとても寒く、寒さで頭が痛くなるほど冷たい環境のなか、それぞれの挨拶が終わり、サンポーニャと太鼓のリズムで、高橋さん、落合裕梨さん、市長さん、教育長さん等が村人に誘われ、楽しそうに踊り始めました。その後、手作りのスープとジャガイモと肉(羊かな、豚だったかな?)の煮物をご馳走になりました。
普段引込み思案の村の女性や子ども達も、とてもうれしそうに話しかけてくれたり(ケチュア語で)、前回見かけなかった村の長老がちらほら出席して話しかけてくれたり、本当に皆、うれしさを隠しきれない様子でした、特に、無口な皆さんがあれだけ顔を崩して喜んでいるのを見たのは印象的でした。
暗くなると、明かりが灯され、8時になっても、9時になっても、帰る直前の10時になっても、ほとんどの人が、帰ろうとしませんでした。自分の家よりも暖かいので、ここから出られなくなっちゃったと言って、ある女性グループは、裕梨さんを囲んで冗談をかわしていました、裕梨さんを喜んで受け入れて下さっているのを見て安心しました。
日本で支えて下さっている皆様にこの笑顔、喜びを直接伝える事ができないのが残念に思いました。でも、本当に苦労したのは、やはり高橋さんや、佐藤さん、裕梨さんや住民の人々だと痛感しました。 私など、たったの一日いただけで 寒くて、息苦しくて※、トイレもなくて、行き返りは車に乗せていただいたにもかかわらず、とても疲れて帰りました。 これこそ根性と体力がないとできない仕事だと思い、高橋さんがとてもまぶしくみえました。
日本の皆様も含めて、とても、とても すばらしいボランティアをしていらっしゃると思いました。
今は、知識力も、経済力もない私ですが、これからも、できる範囲内で 協力させていただきたいと思います。
皆様ごくろうさまでした、そして、有難うございました。
(スペイン語通訳)
※リャイタニ村は、富士山より高い3900Mの高地にあります。空気もうすく、低地にいる人にとっては高山病になりやすい土地です。コチャバンバ市街からでも、その差は約1000M。身体が容易には順応せず、頭痛や息苦しさを感じることがあります。